「コーヒー、飲みにいかへん?」
高校生の時、私はとあるおじさんによく声を掛けられていた。
そのおじさんは何ていうか、見た目と言動が少し危ない感じの事案一歩手前な人。
そのおじさんと遭遇するのは学校帰りによく立ち寄る某大型書店だった。
*
「そんな難しそうな本見てへんで、なぁええやん」
「あの、結構です」
そのおじさんは特に小説コーナー、講談社文庫あたりにいることが多い。
そこまでわかっているならわざわざ行くなよという人もいたけど
そもそも何で私のルーティンの場所を変えないといけないんだ、
そう意固地になってつい自分から足を運んでいたのだ。
「コーヒー、おいしいで?」
「あの、そもそも貴方と一緒に飲む意味が分かんないんですけど。迷惑なんですけど」
おじさんは少し悲しそうな顔をする。
あ、いいすぎたかな、私も少し気まずくなる。
だけどおじさんはめげなかった。
「まあまあ、ええやんー、行こう?コーヒー」
はぁ。なにこの人、強いな。ウザいな。めげてくんないかな。
こんなやり取りは毎回の事。
しばらくしていると書店員さんが近寄ってきてくれる。
これも毎度おなじみのパターン。
「あのーお客様、ご迷惑になりますのでそういう事はご遠慮ください」
「なんや、人の事悪モンみたいに言うて」
「いやいやいや、十分悪者じゃん・・(ボソ」
「お姉ちゃん、なんか言うたか?」
「あのーお客様、おやめください」
*
中間考査の出来があまりよくない日、私はいつもと同じようにあの本屋によった。
講談社学術文庫の青い背表紙は私を落ち着かせてくれる。何故かはわからないけど。
気になるタイトルの本を手に取って流し読みをする私。
と、なぜか私はそろそろあの変な人が来る時間かなと周りをチラチラし始めた。
まるであの変な人に来てほしいというように。いやいやいや。
一時間が経った。まだあの人は来ない。なんて考えていたら。
「おー、お姉ちゃん、コーヒーいこうや」
生きてた。
なお少女漫画だったらこの辺りで私がふふって微笑むシーンだろうけど
そういうのは一切ない。
「またですか?いかないです」
「なんでやねん、行こうや」
「お客様」
この日の書店員さんはいつもよりも早かった、もういい加減にしてくれという顔を見て
なんだか私も申し訳なくなった。ごめんなさい。
「いい加減にしていただかないと、私どもも困ります」
「どう困んねん」
「いや、そもそも私が困ってるんですけど」
「なんかいうたか姉ちゃん」
「お客様」
書店員さんが語尾を強める。
「警察呼びますよ?」
「なんでやねん、なんもしてへんやん」
「いやだから、声かけ、してますよね私に」
「なんか言うたか姉ちゃん」
書店員さんが携帯を手にした。
「・・・これが最後ですよ?」
「わかった、わかった」
変なおじさんは立ち去った。このやり取りを見ていた野次馬をかき分けてどこかへと。
「あの、ありがとうございました」
「いえいえ、もしまた何かありましたらお声がけくださいね」
書店員さんの目は少しだけ怖かった。ですよね、わたしもなんだかごめんなさい。
*
コーヒー飲みにいこおじさんについては友達にもちょくちょく話をしていた。
「あれ、もうそれっきり声かけられてないの?」
「うん」
「そっかー・・」
「・・なんで残念そうな口調なの?」
「いや別に。でもさ、ある意味モテ期だったんじゃない?」
「うるさいよ?」
この会話は特に覚えている、なんだか腹が立ったから。
ところでこのお話はもう少し続きがあるのだ。
「藤松!藤松!」
とある日、2時限目が終わったあたりに友達が私の教室にやってきた。
「どうしたの?」
「私も声かけられた、変なおじさんに」
「うそ!?」
「なんかね、『緑茶飲みにいかへん?』って言ってきた」
「・・手口同じじゃん。どこで?」
「駅前の本屋さん」
またしても本屋さんだ。ただし私が遭遇していた本屋さんとはまた別の本屋さん。
駅前のそこはあまり大きな規模の店舗ではないから変な人がいたらすぐにわかりそうだ。
「それでね、『いやです』って言ったら『なんでやねん』って言ってくるの」
「うんうん」
「そしたら駅前の本屋って小さいでしょ?店内にその会話が丸聞こえだったから
レジにいた店主のおじいちゃんがいきなり叫び出したの。『またお前か!』って」
「また?なに、常習犯なのかな?」
「わかんないけどそうじゃない?とにかくそうしたらそのおじさんははいはいって感じで
いなくなったから助かったけどね」
その後、私の住むエリアの本屋で声をかけてくる不審者がいるから気を付けてという内容の
注意喚起が自治体から出た。ついに変なおじさん、不審者デビュー。よかったね。
この注意喚起が出て以降はおじさんの姿を見る事はなかった。
もしもあのおじさんとまたお話しすることが出来たらこういいたい。
「あ、結構です」
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