【連載】ネナベの田辺さん 第16話 「籠城(2)」


ろう‐じょう〔‐ジヤウ〕【籠城】 の意味
出典:デジタル大辞泉
[名](スル)
1 城などの中にたてこもって敵を防ぐこと。「籠城作戦」
2 家などにこもって外に出ないこと。「籠城して受験勉強に励む」

トントン、トントン。文学研究部の薄いドアをたたく音はやまない。
その薄さゆえ、ドアの向こうにいる恵梨香ちゃんのプレッシャーみたいな気配さえ
ひしひしと伝わってくる。怖いくらいに。

佐奈ちゃんと私は目を合わせて小さな声でこの後どうするかを話し合った。
いっその事窓から逃げようかだとか、あとどれくらい居留守をしようかなどなど。
手元の時計を見た。恵梨香ちゃんのノックが始まってから大体3分経過したところだった。
3分?嘘でしょ、10分くらい経ったような気分なんだけど。
小さなため息をついた時、佐奈ちゃんはますます小さな声でいい考えが浮かんだよという風な顔をして私に話した。

「田辺、あのロッカーの中にはいってなよ」
「え?」
「だから、私が対応するよ。で、この子に言うからさ。田辺は居ないって」
「佐奈ちゃん、君は天使なの・・・?ありがとう・・」
「いいから、ほら」

文学研究部のドアの上部には不透明な磨りガラスがあって、人影位なら見て取れる。
なので私は恵梨香ちゃんに気付かれないように中腰でロッカーに、一歩、一歩、進んだ。
ようやっとロッカーにたどり着いた私はその扉をゆっくり開けて中に入った。
「後は、よろしく」と佐奈ちゃんに目で合図をして。

私インザロッカー。
普段何も入れていなかったおかげで窮屈じゃないロッカー内。
だけどこういう不安な時はごちゃごちゃしたロッカーの方が何となく頼もしく思えるなと
思ってたところで佐奈ちゃんの声がした。「はーい」と。

佐奈ちゃんは今まで寝ていましたと言わんばかりの声をあげると研究部のドアを、開けた。
ドアの先には制服姿の恵梨香ちゃんが立っていた。

「えっと、あれ?高校生?」
佐奈ちゃんは素知らぬ風に恵梨香ちゃんに尋ねた。恵梨香ちゃんは若干あたりを見回しながら
おかしいなと言わんばかりの顔をしつつも「はい、高校生です」と答えた。

「オープンキャンパスって季節じゃないけれど」と佐奈ちゃんは続ける。「迷子にでもなったの?」と。

恵梨香ちゃんはいいえと短く答えた。「迷子じゃないです」

「迷子じゃないなら、どうしたの?」
「人を探しています」
「人?」
「はい」
「背が低くて細くておどおどしてる人なんですけど」
恵梨香ちゃんがそう言うと佐奈ちゃんはくすっと笑った。
「背が低くて?私よりも?」
「はい」
「私よりも細い?」
「はい」
私の居るロッカーの隙間からは佐奈ちゃんの顔はうかがい知れないけど、背中が少し
震えたように見えた。あれはたぶん、怒ってる。
「まあいいや、で、おどおどしてる人、ねえ。この大学、大人しい子が多いからそういう子は
たくさんいるよ?それだけじゃわかんないね」
「それじゃあその条件に追加してください」
恵梨香ちゃん、少しだけ語気を強める。
「この文学研究部に所属していて変なTwitterアカウントを持ってて男をあさっている人って」
「ああ・・えっと」
佐奈ちゃん、少しひるむ。
「貴方は文学研究部の人ですか?」
恵梨香ちゃんはそう佐奈ちゃんに尋ねる。
「私?まあそんな感じかな」
「そんな感じ?ぼかさないで言ってください。ここの部員なんですか?」
「えっと、部員じゃ、ないです」
「そういう適当な返事、やめてください。私より年上なのに」
「あ、はい、すみません」

女子高生に詰られる佐奈ちゃんの図。見ていて物凄く申し訳なくなってきた。
沈黙する佐奈ちゃんの背中が一秒ごとに小さく縮んでいくように見える中、
そんな佐奈ちゃんを横目に恵梨香ちゃんは机にバッグを置き、そして椅子にすわった。

「わたし、ここで人を待ちたいのでしばらくお邪魔します」
「え?」
「何ですか?」
「え、いやあ、えっと私部員じゃないからそういうのしていいのかなって」
「部員じゃない貴方は逆にここで何をしていたんですか?」
「え、いや、あの、寝てました」
「それだけじゃないですよね」
恵梨香ちゃんは続ける。
「きっと誰かが来るのを待ってたんですよね。私もその人がここに来るのを
待つことにします」

そういうと恵梨香ちゃんはカバンから教科書類を取り出して勉強を始めた。
佐奈ちゃんは恵梨香ちゃんに気取られないように私の居るロッカーに眼をやった。
「田辺、許して」というような眼を。

事態はますます複雑な事に。

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