【連載】ネナベの田辺さん 第15話 「籠城(1)」


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私が焦っている時は必ず、前髪を人差し指でくるくる絡ませるという。
それに初めて気が付いたのは小学5年生の頃に男子に指摘された時だったと思う。

「お前、何あせってんだよ」
「は?あせってないし」
「うそつけ、お前、前髪くるくるしてる時は大抵あせってるときなんだよ」
「・・は!?」

男子にそう言われて人差し指を止めて、やがて赤面。
ああ、こういう癖を他人から指摘された時のあの恥ずかしさは何て表現すればいいのだろう。

ちなみに私は他にもいくつか癖があるらしいのだけれど、前髪をくるくる絡ませる事ほど
頻繁にやっちゃう癖はない。

くるくる。くるくる。落ち着け、落ち着け自分。
そうやって私は前髪を人差し指に絡ませていつも方策を練る。
まるで絡ませれば絡ませるほど何かいい方法が思い浮かぶんじゃないかと言わんばかりに。
特に何も浮かばない事が多いんだけど。

「田辺!田辺!」
「・・・わ!」

佐奈ちゃんの大きな声が部室内に響き渡る。

「田辺!どうしたのって聞いてるんだけど!?」
「あ、え、ああ、うん」
はっと我に返ったところで、色々説明をするよりもと思いスマホを佐奈ちゃんに見せた。

「・・・えっと、ちょっと待って。また登場人物増えてるんだけど」
あそっか。余計に面倒な事になった。えっと、どこから話をすればいいのだろう。

・・・・・

「つまり、Twitterの知り合いとあったらその人がネカマだったと」
「はい」
「で、その時ネカマの彼女ともばったり会ってしまって、で、田辺があらぬ誤解を受けたと」
「あ、はい」
「さらに、その恵梨香ちゃんって言う彼女が今キャンパスに来てる、と」
「は、はい」
「はぁ・・・・・」

ひえー、大きなため息頂きました。
そこまで呆れなくたっていいじゃない。
すっくと立ちあがった佐奈ちゃんは部室の窓から外を見ながら話す。

「で、どうするの?田辺」
「いやぁ、私が聞きたいって言うか」
「よくわかんないんだけど、話を聞く限りかなりファンキーな子だよね、その彼女さん」
「あ、はい、こわかった、です」
「じゃあとにかく、その恵梨香ちゃんに会わないようにするしかないね。田辺、この後講義はあるの?」
「ううん、ない」

そう答えると佐奈ちゃんは部室の冷蔵庫の中を確認して少しだけ頷いた。
これなら大丈夫そうだねとつぶやきながら。

・・大丈夫?

「あ、佐奈ちゃん、もしかして籠城とか考えちゃってる?」
「うん、考えちゃってる。まあ泊りまではしないでいいだろうけど、とりあえず夜までやり過ごしてたらさすがに居なくなるでしょ、恵梨香ちゃんも」
「あぁ、確かに」

仮に今すぐに逃げるという方法もあるけれど、何か意識をしている時というのは
不思議な物で、意識している対象を呼び寄せてしまう事が多々ある。

あるというか、あった。

そんな経験をしている私は、今部室を出るという選択を取ることが出来なかった。
なので、佐奈ちゃんが言ってくれた「籠城」はあながち間違った手じゃない、
むしろ良い作戦だと私は感心したのだ。

「まあ私は途中で帰るけど」
「え」
「あははは、うそうそ。ちゃんといてあげるから心配しないでって」
「こういう時にそういううそはやめてほしい・・」
身近に迫る脅威に対してある程度の対応策が定まったので少しだけほっとしていた
矢先、みっきーからさらにDMが届いた。

なんだろうと思ってスマホを見る。
Twitterを見る。
DMをひらく。
悲報を、知る。

「なに?例のネカマの彼氏?」
「私の彼氏じゃないよ」
力のない声で返す私。そんなのわかってるよと返した佐奈ちゃんが続ける。
「田辺は本当にわかり易いね、で、次はどんなトラブルがおこったの?」
「・・・・・」
片方の手で頭をかかえながらスマホを佐奈ちゃんに見せた。
佐奈ちゃんは今日2回目の溜息をもらす。
「えっと、その、なんだ。ネカマの彼氏は、馬鹿なの?」
「・・・・知らない」

みっきーは私が文学研究部という部に所属している事を恵梨香ちゃんに話したらしい。
つまり、ここは安全な場所じゃなくなったということ。
先ほどまでの何とかなるかというムードは見事に壊された。
籠城という言葉通り、なんだか追い詰められたような悲壮感が漂い始めた。
私の半径50cm以内の空間に限ってだけど。

と、そんな会話もつかの間、一階の玄関が乱暴に開けられたような鈍い音が
この古い建物全体に響いた。

「うわっ、何今の!?」
思わず驚いて声を上げる佐奈ちゃん。
一方、この音に慣れている私はその音にではなく、恵梨香ちゃんが本当にやってきたという
その事実に驚き、狼狽した。

「佐奈ちゃん、どうしよう、私、年下の女子高生に泣かされる」
「いやいや、って、ちょっと田辺!手足ガクガクだよ!?」
「だって、怖いもんんん・・」
手を取って私を落ち着かせようとしてくれる佐奈ちゃんははっと気づき、部室の
鍵をしめた。それから数十秒ぐらい経ったあたりだろうか、ノックの音が響いたのは。

「・・・・・あの、すみません!」

佐奈ちゃんがひそひそと私に言う、この声、聞き覚えはありますかと。
私はひそひそと答える、それはもう、覚えていますよと。

ドアの向こうに居るのは、恵梨香ちゃんだ。

 

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